「介護と女性」いきいき生きる高齢社会」
−男も女も共に働き、共に生きる社会とは−
一月二八日、南地区公民館で人権教育推進の一環として講演会が開かれた。
講師は女性層に人気の高いホルム麻植佳子さん。多くの方からのアンコールに応え、再度登場……。会場は七十代の男性も多く参加し、用意した座席が足りなくなる位の盛況で、笑いの渦の中、あっという間の二時間であった(例によって大阪弁での講演ではあったが、紙上では―である調に改めてある)。
日本は超スピードで超高齢社会になっている。今年七五歳以上の人は八百八十五万人。これは一五・八%に当たる。二〇二五年には千八百二十万人。二八・七%になり、二〇四九年には二千五百万人。四二・三%までになる。世界中が日本のことを注目している。高齢になって悲しい、惨めだという状況になって欲しくない。でも現在、寝たきりが百万人、痴呆の人が百十万人いる。これが二〇二五年には寝たきり二百五十万人、痴呆は三百十四万人になると言われている。
次に誰が介護しているかと言うと、妻、長男の嫁、娘で合計八割近く、夫も十%あるが家事は娘や嫁がし、「精神的支援」が主。息子になると、〇・七%、妻がして当然だという意識を改めなくてはいけない。
日本の若い女作は未婚化、晩婚化がトレンド(傾向・潮流)になっている。出生数は五十年前は年間二百五十万人あったが、今では百万人以下になってしまった。高学歴になり自分の生き方を求めている女性たちは、従来の男女役割分担を疑問に思っているし、少子化が高齢化に拍車をかけている。
日本の介護期間は長過ぎる。世界一の長寿大国と言っても長患いなだけで、長く生きることを寿ぐ社会ではない。日本の介護期間は平均五年。外国は二年である。
医療費三上兆円のうち老人医療に十一、二兆円使い、そのほとんどが延命、薬代に使われている。死ぬ二〜三週間前の医療費は平均で三百五十万円かかっている。薬で老いは止められない。延命処置をされてただ生かされているだけでいいのか。北欧の老人は死ぬ前日にやっと点滴をする。穏やかで平和な死を迎えさせてあげるのが医療者の役割である。人の最大利益を守ることが人権である。日本は高齢社会にマッチした医療のあり方になっていない。
日本人が長患いになる原因は活動力の違いである。老いの責任は自分で取らなければいけない。誰かが看てくれるだろうではいけない。日本には死の受容ができていない高齢者が多すぎる。自立、社会への参加、よりよいケア、自己実現、自分に対する社会からの尊厳が五大原則である。男性もできることは自分でして自立して欲しい。妻を亡くし、食事の用意にとヘルパーを頼む男性もいるがそれはヘルパーの仕事ではない。北欧では六五歳になったらみんなボランティア登録する。これが社会参加である。
ぼける人には共通項がある。友人が少ない、無趣味、仕事だけ。女性なら夫や子どもだけという人である。ぼけたら一番幸せな時代に戻る。女性は十八歳以下になり、最初に夫の顔を忘れる。男性は社会的地位と権力のある五十代に戻る。横柄な態度を取り女性の介護者に触ったり抱き付いたりする人も少なくない。これは女性を同等に見ていないからである。北欧のぼけた男性にこういうことはない。
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